伊坪寛氏の自殺のワケとは?経歴,大学,家族は?アートバンク社長はYouTube公式チャンネル立ち上げ日に灯を消したのはメッセージなのか?

文春砲

【この自殺にはどんなメッセージが】

2018年3月現在、伊坪氏は株式会社「アートバンク」代表取締役社長を務めています。伊坪 寛という人物をご存知でしょうか?この表の世界に顔を出さない影の実力者がナゾの自殺を、詳しくは記事にしています。

今日も最後までお付き合いよろしくお願いいたします、それでは早速まいりましょう。


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2018年3月14日に配信された「文春オンライン」

3月5日早朝、
大手芸能プロダクション・ジャニーズ事務所の関連会社が入居する渋谷区のビルで、
一人の男性が死去した

亡くなったのはジャニーズの子会社で、
デジタルコンテンツの配信事業などを手がけるアートバンクの代表取締役・伊坪寛氏(享年62)。

その日は奇しくも、
ジャニーズにとって記念すべき日だった。

「これまでインターネット展開に慎重だったジャニーズが、
YouTubeにジャニーズJr.の公式チャンネルを開設すると発表した日だったのです。

伊坪さんがその日に、
しかもオフィスで死去したことには、
重要なメッセージが込められているとしか思えません」
(伊坪氏の知人)

実直で温厚、
仕事上のトラブルもあったが決して部下のせいにはせず、
ひとりで溜め込むタイプだったという伊坪氏。

遺書には

「仕事に疲れました」

「逃げるにはこれしかなかった」

というような言葉を残していたという。

事情を知る関係者は、

「仕事のことで追い詰められていたのは疑いようもない」

と語る。

ジャニーズ事務所は、
伊坪氏の死去について、
週刊文春の取材に対しこう回答した。


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「伊坪氏には、
グループ会社の役員として当グループに多大なる貢献をしていただいておりましたところ、
このようなことになり、グループ会社一同、痛惜の念に堪えません。

責任感の強い伊坪氏がどれほどの悩みを抱えておられたことか、
気付くことができなかったことを悔やむばかりです」

伊坪寛氏を紐解いていきます

まずはこの一連のTwitter投稿で概要がわかります。

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アートバンクは2005年6月に設立(2006年3月2008年12月までアートバンクの社長を高橋氏が務めていました)

伊坪社長が就任したのは2009年の時。

会社はジャニーズ事務所の子会社として設立され、主に携帯コンテンツ事業を展開しています。

その後、が同社の社長に就任することになりますが、設立当社からアートバンクはジャニーズタレントの著作権侵害および肖像権侵害削除申請を行っています。

 


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伊坪 寛氏の経歴は

早稲田大学を卒業後ビアヤポドール、ワーナーミュージックを経て、2005年にジャニーズエンターテイメントに入社 エンターテインメント畑を一筋に著作権権利のエキスパートになっていきます。

 

「仕事のことで追い詰められていたのは疑いようもない」とは

このようなチェックをまめにしていましたが

2017年の4月に大きなトラブルをおこしてしまう。


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コンサートチケットの転売を防止する目的でジャニーズが新しく導入したデジタルシステムに不具合が発生。

コンサート開場が大幅に遅れてしまい、ファンが開場に入れない異例の事態になり関係各所から厳しい言葉を浴びせられた。

業務上のトラブルはその他にもあったが部下の責任にしないで一人で貯め込んでいく。

遺書には会社への不満や個人に対する抗議などはなく上司への感謝の言葉しかなかった。


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では、なぜ、伊坪社長は自殺をしたのか?

「仕事に疲れました」「もう逃げるしかない」そんなことも綴られていた遺書。

やはり、仕事上に問題があったことは確かなことです。

芸能界という枠を飛び越え「ジャニーズ」と言えば、いまや日本中で知らぬ者がいないほどの一大ブランドとなっている。強大な影響力を持っているのは確かだが、15年くらいから揺らぎが見えるようになった。

発端となったのは、言わずと知れたSMAP解散騒動だ。16年の年明け早々に騒動が表面化すると、「SMAP×SMAP」(フジテレビ系=同年末に終了)で木村拓哉を除く4人が公開生謝罪。ジャニーズ事務所に逆らった人間をつるし上げるような手法は“公開処刑”とまで言われた。

「この強引なやり方には熱心なファンからも事務所への批判が噴出しました。これにはさすがのジャニーズ事務所も参ってしまいました」とはテレビ局関係者。

結果的に木村と中居正広を除く香取慎吾、稲垣吾郎、草なぎ剛の3人が昨秋にジャニーズ事務所を退所し、国民的アイドルと言われたSMAPは一昨年末をもって解散となっている。

長年にわたって昔ながらの手法を守り続けてきたジャニーズ事務所だが、現在変革の真っ最中なのは広く知られている。

これまではインターネット上に所属タレントの写真掲載を認めてこなかったが、今年に入ってついに解禁。また前述のユーチューブでの公式チャンネル開設もその一環だ。「2月にはソニー・ミュージックエンタテインメントのSME乃木坂ビルを買い取り、本社ビルとする予定となっている。グループ内には多くの関連企業があるが、それらの統廃合も含めて検討している。藤島ジュリー景子副社長が中心となって、一連の変革の動きを進めている」と前出の芸能関係者。

そんなさなかに起きたAさんの自殺――。最期の場所を会社のビルにした理由はいったい…。

ジャニーズ事務所の所属アイドル、スタッフも大きなショックを受けている。盤石に見えた「ジャニーズ帝国」が大きく揺れていることは間違いなさそうだ。

【ジャニーズ事務所史】ジャニーズ事務所は、米国生まれのジャニー喜多川氏(86)が1950年代ごろ、東京・代々木にあった米軍家族住宅などの施設「ワシントンハイツ」内で野球をする子供たちを率いた「ジャニーズ少年野球団」が源流とされる。

ワシントンハイツでは日本人の少年も野球を楽しみ、その一人だったあおい輝彦らがミュージカル「ウエストサイドストーリー」を見て感激したのをきっかけに、62年にあおいを含む4人組アイドルグループ「ジャニーズ」がデビュー。同年、喜多川氏によりジャニーズ事務所が創設された。

当初は渡辺プロダクションと提携していた同事務所から、68年にフォーリーブス、72年には郷ひろみがデビューし、女性ファンを獲得。男性アイドルを自前で育てる事務所として評価を高め、75年に株式会社ジャニーズ事務所が設立された。社長は喜多川氏。

80年代には「たのきんトリオ」と呼ばれた田原俊彦、近藤真彦、野村義男がブレーク。昭和の終わりにデビューし、一世を風靡した「光GENJI」や、平成になるとSMAP(本文参照)が爆発的な人気で国民的アイドルに。さらに「TOKIO」「V6」「嵐」などが次々とトップアイドルグループとなり、今日に至っている。

芸能界における一大勢力となった同事務所はメディアにも大きな影響力を持つ一方、近年はファンクラブの運営に対する批判も寄せられ、昨年は会員規約の改定などが話題になった。

就職情報ウェブサイトによると、資本金1000万円、従業員120人。売上高は非公開となっている。

この件でジャニーズは

「伊坪さんがどれほどの悩みを抱えていたのか・気づくことが出来なかったことを悔やみます」と発言しかしていません。

この自殺の真相はヤミに葬られたと言っても過言ではありません。

一刻も早く、伊坪さんの「悩み」を公表してくれることを心から願います。

死んでまで伝えたいことがきっとあったのですから。

伊坪さんのご冥福をお祈り申し上げます。

 

今日の記事はここまでです、最後まで読んで頂き御礼申し上げます。


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