事件報道(ニュース)

安田純平 自己責任/自業自得会見の回答にVIP海外ニート生活で俺より良い生活してたのかよ!さすが人質プロと蒸し返えされる,,,

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シリアで武装組織に拘束され、2018年10月に帰国したフリージャーナリストの安田純平さんが2018年11月2日、日本記者クラブ記者会見を開きましたね、質疑応答の中で、自己責任について問われた安田純平さんは「はっきり言って自業自得」と受け入れたのですがこの会見でまたまたまた炎上騒ぎに、本日は『安田純平 自己責任/自業自得会見の回答にVIP海外ニート生活で俺より良い生活してたのかよ!さすが人質プロと蒸し返えされる,,,』と言うテーマで記事にさせて頂きました。

 

本日も最後までお付き愛ください。


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安田純平さんとは

名前:安田純平(やすだ じゅんぺい)

生年月日:1974年3月16日

年齢:44歳(2018年8月現在)

学歴:埼玉県立川越高等学校→一橋大学社会学部卒業

職業:フリージャーナリスト

 

★安田純平さんの経歴

1997年
信濃毎日新聞社記者に。松本本社に在籍し、以後、計10町村の行政・経済など市民の暮らし全般を担当。北アルプスの山小屋のし尿処理問題を扱った連載「待ったなし 北アし尿処理」に参加。その後、信州大学を担当し、脳死肝移植などを取材。

2002年
3月、休暇をとってアフガニスタン取材。

4月、文化部に異動。

12月、休暇をとってイラクを取材。

2003年
1月末日、退社してフリージャーナリストに。

2月中旬からイラクを取材。一時出国するも開戦直後に偽造「人間の盾」ビザで再入国。ホテルに泊まって勝手に取材するつもりがイラク軍に拘束され、観念してバグダッド南部のドーラ浄水場に入る。その後もイラク警察などに数回拘束されるが、フセイン政権崩壊後まで滞在し、中部ナジャフなどを取材して帰国。

10月、イラクを取材。バグダッドを中心にクルド人地域、サマワなどを取材。

2004年
3月からイラクを取材。主にバグダッドに滞在。

4月14日、バグダッド西方アブグレイブで地元住民の自警団にスパイ容疑で拘束される。

同17日解放。

2005年
1月、スマトラ沖地震・津波で甚大な被害を受けたインドネシア・アチェ州を取材。

2月、アチェ州で、インドネシア軍の軍事作戦に苦しむ津波被害者らを取材。

7月、ヨルダン、シリアでイラク関連取材。

10月、イラク北部を取材。

2007年
2~5月、クウェートでイラク戦争民営化取材のため労働者になるために就職活動。

5~12月、イラク中南部ディワニヤのイラク軍訓練基地建設現場で料理人をしながら取材。

12月~翌年1月、イラクの首都バグダッド・インターナショナルゾーン内の民間軍事会社事務所で料理人をしながら取材。

2008年
10~12月、戦場出稼ぎ労働者の実情でインド、ネパールで取材。

2009年、MYUに拘束される

2015年6月23日、トルコ南部から北西部に入国したと日本の知人に連絡後、消息を絶つ。

2015年7月、予定を過ぎても帰国せず。ヌスラ戦線に拘束される

2016年3月~2018年7月、家族や日本へのメッセージを表明する映像や画像が少なくて4回公開される。

2018年10月23日、管義偉官房長官が安田純平さんとみられる人物が解放され、トルコに出国したと発表。

2018年10月25日、安田純平さんが成田に空港に帰国


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安田純平 自己責任/自業自得会見

安田さんが拘束された3年4カ月の状況や解放の経緯を説明後、質疑応答に移った。進行役が代表質問として、自身への批判に対する見解を尋ねた。

★安田純平さんの回答

私自身の行動によって、日本政府ならびに多くの皆様に、ご迷惑おかけした事もあるので、私自身に対して批判があるのは当然のことであると考えています。何があったのかという事も含めて、みなさまに批判や検証いただくのは当然だと思っておりますので、特に私の側から疑問はないです。

ただ、(批判が)事実に基づかないものというのもあるように思いますので、あくまでも事実に基づいたものでやっていただきたい、というお願いはあります。

自己責任については、当事者の私が述べるのは、非常に言いづらいものがあるのですが、紛争地という場所に行く以上は、当然、自己責任と考えています。紛争地において、日本政府が何かしらの救出するのは非常に厳しい環境にある。だからこそ、政府は退避勧告を出している。

そこにあえて入ってく以上、相応の準備をし、何か起きた場合は自分で引き受ける態勢と、心の準備をして入るものだと思います。そういった中で自分の身に起こることに対しては、はっきり言って自業自得であると考えています。

これは一般論になりますが、そういったことと、行政がどう対応するかは別のもので、その本人がどういう人物であるか、どういう準備をしたかと、行政がどう対応するかは全く別として存在していて、本人がどういう人かよって行政の対応が変わるとなると、民主主義国家として重大な問題であると思います。

今回の外務省の対応について、国として、行政としてやるべきことをやっていただいたと解釈しています。

紛争地で人質になった邦人の救出や情報収集は難しい中で、可能な限りの努力を3年4カ月続けていただいたと解釈しています。

解放のきっかけや経緯は分かりませんがら、日本政府の原則として邦人救護は必ずやる、身代金は絶対に払わない、この2つの大原則なのですが、その範囲でできることを探っていただいたという風に解釈しています。

外務省の職員の方とも話して情報収集した内容を伺っているが、報道されている私の近況や外務省から聞かされた私の近況は、事実と異なっている。トルキスタンの施設に独房にいる間、2部屋を使っているとか、壁が高くなっているので本人が神経質になっているとか、これは事実に基づかない。

外務省に入ってきたのは事実に基づかない情報があって、情報収集が困難だったと伺える。この機会に、あたかも、拘束者とつながっているかのふりをして、話を持ちかけてくる人がいるので、本当に私の動きを知っている人物を選ぶのは難しい。

本当に拘束している組織に接触するのは、外務省であっても困難だったと思われます。そう理解しているので、外務省の対応に不満はありませんし、やることをやっていただいた、家族のケアもしていただいと思っています。

(外務省の方に)身元確認をされた時に、その言葉を伝えました。

 (引用元:ハフポスト日本版)

安田純平さんが語る拘束生活 動画撮影で「武装勢力の台本読んだ」 日本語の日記も許可

内戦下のシリアで2015年6月に拘束され、3年4カ月ぶりに解放されたジャーナリストの安田純平さん(44)は、2日に日本記者クラブで開いた記者会見で、動画撮影の際に「武装勢力から台本を渡され、読み上げた」と話した。

 安田さんの説明によると、最初に動画を撮影したのは16年3月15日。武装勢力から台本を渡されたほか、「もっと感情的なものを出せ」と言われ、安田さんが用意した家族あてのメッセージを付け足して読み上げた。

公開される動画に日本政府や家族へのメッセージを入れると、誰かに解読される可能性があると考え、「公開される可能性のあるものにはメッセージは入れなかった」。安田さんが「助けてください。これが最後のチャンスです」と日本語で書かれた紙を持った写真については、武装勢力から内容を指定され、日本語で書くよう指示された、と話した。

また、拘束中も日本語で日記を書くことは許可されていたほか、テレビを見ることもでき、武装勢力から「我々は紳士的な組織であることを最終的に伝えてほしい」と言われたという。

(引用元:産経新聞

 

★安田純平さんのへの一問一答

 

――今後も紛争地で取材を続けますか。その理由もお聞かせください。

今現在、今後行くかどうかについてはまったく白紙です。分からないです。

――後藤さんと仕事をしたことがあるガイドが伝手(つて)だったということですが、結果として拘束されています。計画の段階から人質と見られていたと感じるようなことはありませんでしたか。

道案内人が一人で様子を見に行っている間に私は別の方向に入ってしまいました。完全に私の凡ミスと言いますか、自分でも考えられないようなミスです。違う方向に入ってしまった。その時に入ってきた人々が家族を送ってきたのですが、計画的に家族を送ってきたとは考えにくいので、仕組まれていたというのはどうかなと思っています。

――日本政府とのやり取りについて、武装勢力側からいつどのような説明を受けたか具体的に教えてください。

私の家族に対しての説明だったのですが、9月11日に「来週、政府高官か現地で信頼できる人間から情報を聞く予定である」と言われたそうです。その後、9月19日に家族から話を聞きまして、「体の状態は良い。食事はとれている。ただ、たくさんもりもりと食べるような状態ではない。しかし、精神的には疲れている。彼らのトップと話ができている。拘束者はフッラース・アル・ディーンだと。フッラース・アル・ディーンとはヌスラ戦線から分離した中で外国人をかなり含む組織で、アルカイダのような活動フッラース・アル・ディーンと。イドリブ県の西のあたりを動いていて、一般家庭の部屋を2部屋くらいを使っている。家の周りのコンクリート塀が高くなったので、それが精神的ストレスになっているかもしれない。身代金以外の解決の手段を探っている」というようなお話でした。

――案内人を信用した根拠や過ちだったと思う根拠を教えてください。

案内人に従うかどうかは信頼するかしないかの二択で、それによって入ったということは信頼したということですが。日本人のジャーナリストから紹介されたシリア人難民支援をしている小学校の人たちから紹介された。それから後藤さんのガイドを以前やっていた人であると。というあたりで、入り方の説明や後藤さんとのかつてのやり取りを聞きました。たとえば彼と後藤さんで子どもたちの教育プログラムを立ち上げたと、当時の写真も見せてもらいました。後藤さんと一緒に衛星電話の機材を入手し、ネットにつなぎながら、子どもたちが勉強するプログラムを立ち上げていたと。そういう話を聞いて「そういう人であるなら大丈夫なのではないかな」と判断しました。

後藤さんが拘束されている間に「I AM KENJI」と顔を出して、心配するような映像を流していたこともこの人は大丈夫ではないかと判断した一つでした。彼が騙していたかどうかは分からないですが、入り方は完全に凡ミスであるので。それから、お配りした経緯には書いていませんが、2015年10月末に私のいた部屋の窓の外に人が来て、話しかけてきました。「誰だ」と聞かれ「日本人だ」と。「純平か」と聞かれ「そうだ」と。「ここで監禁されていると。彼らは金を求めている」と言うと、「襲撃して助けてほしいか」と聞かれ「助けてほしい」と言ったら、その後30分後に来たんです。その時、窓を閉めていて中が見えない状態でした。中が見えないときに話しかけてきたんです。そして、彼らがフルーツを持って部屋に入ってきたのですが、そのときにまた話しかけてしまって捕まってしまいました。彼は部屋に引きずられてきて、「こいつに何を話したか」と聞かれました。結局彼は別の部屋に連れて行かれました。彼らが仕込んだイベントかもしれないですが、あまり意味がないので。(当時)私がNHKワールドを流していて、大音量でジャパンジャパンと流していました。日本人がいるという噂が流れるのではないかと流していたのですが、それを聞いて来たのかなとも思いました。その後、彼がどうなったのかというところは、色々聞いてはいますがまだ分かりません。そういった出来事もありました。そして、大きな施設にいた際、囚人の尋問で、「日本人を助けようとして捕まった」と言っている囚人がいて、わざとやったのではないのではと思っていますが、特定できないので。ここはこれ以上のことは分からないです。

――長きにわたり拘束される中で、絶望を感じたりはしませんでしたか。

身動きができないときや、どう考えてもこれは不可能だと思ったときにはかなり腹が立って、ドアを蹴りまくりました。「(話し声を)そんなに聞かせたくないなら、鼓膜を破って耳を潰してくれ。それでいいじゃないか。一生耳が聞こえなくても、家族と話すことができなくても、俺は帰りたい。お前たちは音を聞かれたくないんだろう。お前たちも俺もそれを望んでいるだろう」とかなり言いましたが、無視されました。そういうことはありました。

――絶望するようなことはありませんでしたか。

ドアを蹴りまくったときは、絶望でしたね。これは不可能だ、と。それは何回もありました。

――相手組織について、人数や年代、リーダーの容姿など詳細に教えてください。

人数は最初の民家では5人、時々連絡役に来る人がいたり、動画や写真を撮るときに人が来たり。大きな施設に関しては地下1階、地上5階で3階部分に上に吹き抜けているところがあって、日光浴ができるんです。そこに目隠しで連れていかれ、そこからさらに2つフロアがあり、4階、5階があるかなり大きな施設でおそらく100人単位の囚人がいるのではと思います。そこに食事を配ったりする人数はかなりの印象です。相当な人数がいるんだろうなという印象があります。目隠しをされて歩くときは下を見ながら歩くのですが、彼らの靴などを見ても、かなり人がいるなという印象でした。年代は17歳という者がいました。

リーダーの容姿ですが、顔は俳優の松平健のような顔をしていて、勝手にケンと呼んでいました。彼はイラクに行ったことがあり、クエートに近い刑務所と基地の複合施設で働いていたと。2003年に米軍侵攻の前に義勇兵として入り、4月9日の政権崩壊の前に通訳として雇われて、2004年だけそこで働いたと。

組織ですが、フッラース・アル・ディーンに移されたと言われる時期にトルキスタンの施設にいるんです。その間に身柄を売り渡されたと言われていますが、そういったことはないんですけど、組織が看板ごと変えて他の組織にまるごと移ったということはありえます。かなり大きな組織で、それがまるごとフッラース・アル・ディーンに入ったというのは分からないんですが、このあたりはそれ以上のことは分からないです。彼ら自身、ずっとヌスラとは明言せず、初期はかなり強く否定していました。彼らに対して、「どういったシリアの政治体制にしたいか」と聞いたとき、「それはシャリーアに基づく国造りだ」という人がいたり、「シャリーアだけでは不十分だ」という人もいたり。「カリフが必要か」を聞くと、「カリフというのはすべてのイスラム教徒がカリフの再来を求めるものだと。だが、すべてのイスラム教徒が望むようなカリフがシリアの中に出てくるとは思わないから反対だ」と。あれだけのイスラム系組織でその言い方はちょっとないんじゃないかなという気がしています。

ヌスラであると言っている囚人が一人だけいました。一晩だけパキスタン人と名乗る人と一緒にいたことがありますが、彼らに対しては自分は別の組織だと言っていたと。ヌスラがヌスラを捕まえて、ごまかすということはあり得るのかなと。私の大きな組織の印象は他の組織から人を引き受けて対価を得ているのではないかなという印象でした。なので、イスラム国の戦闘員がいるのは、イスラム国の戦闘員というのはアレッポのかなり東の方にいるので、そこまで大きな組織ではないんじゃないかなと……。イスラム国の戦闘員が話しているのが聞こえましたが、彼はトルキスタン出身の30歳くらいで、自由シリア軍に捕まって引き離されたと言っていました。そこを考えると、他の組織から引き受けているのではないかなと思っています。

と、かなり長い文章が,,,ここで確認してくださいAERAさんのリンクです。

この会見を上手くまとめてくれたいたツイッター投稿を貼っておきます↓

都合のいいところだけ載っけて安田純平に忖度してんじゃねーよ。(引用元:ツイッター投稿)


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安田純平 自己責任/自業自得会見の回答にVIP海外ニート生活で俺より良い生活してたのかよ!さすが人質プロと蒸し返えされる,,,

・自己責任とは、自分で責任を取るということです。

政府の規制を無視して現地で拉致されて殺されるのであれば、ご自身の命ひとつで責任が取れるでしょう。
しかし、身代金が武器に変わって、現地の人の命がたくさん奪われたら、どうやって責任を取るのでしょうか?

あなたは現地で失われる命に対して、どのように責任を取るのでしょうか?

本当の意味で責任を果たすのであれば、捕まった時点で、自決するしか方法は無かったと思います。

 

・責任とれてないのに、まだ自己責任だと言ってるのが問題だと思うし、どんな人間であれ助けるのは当然だみたいな言い分もなんだかな~
もちろん助けるために尽力するのは当然かもしれないけど、自己責任だと言ったのはご自身であって、世間の自己責任論についてという問いに対しては、自身の発言であると訂正するべきではないのか。
メディアの操作によって自己責任論が噴出した形にされ、日本人は低レベルとまで同じ日本人に言われている。
とにかく、この方の考える自己責任という言葉の意味を改めてもらはないと同じことの繰り返しになる。
拘束を自業自得とし、その際に身に起きた出来事を耐えることが自己責任だと言うのは違うと思う。

・これは一般論になりますが、そういったことと、行政がどう対応するかは別のもので、その本人がどういう人物であるか、どういう準備をしたかと、行政がどう対応するかは全く別として存在していて、本人がどういう人かよって行政の対応が変わるとなると、民主主義国家として重大な問題であると思います。

こんなことを拘束された本人自ら言っちゃう所がもうね…。表面上、感謝は述べてはいるけど、日本政府への苦言に聞こえて仕方ない。

 

・紛争地に踏み込んで現状を伝えるのも大切かもしれませんが、ここからは踏み込まない方がいいという場所へあえて自ら行くのだけはやめてもらいたい。そこを守った上で起きたことであればともかく、一度拘束された経験があるにも関わらず再びというのは安田さん本人だけでなく家族が精神的に参ってしまます。正直わたし的にはジャーナリストとしての仕事をした人は鳥越さんです。何を今伝えるべきかを明確に的確に伝えていました。

 

・劣悪な監禁状態と、現在の安田氏の健康状態の差が激しすぎるのはなぜか?多くの人は、ここに最大の疑問を抱いています。その説明なしでは、誰も納得できませんね。

・政府関係者に迷惑をかけただけではなく、さらに問題なのは解放にむけて他国に大きな借りをつくることになったこと。今後の日本の外交政策に多大な影響を与えることになりました。

 

・そうです。自業自得です。しかし、言うのが遅すぎましたね。
帰国してみたら、思った以上に世間の目が冷たいことに気づいて仕方なく言うことにした、としかとれません。
戦場からの報道は必要だとは思いますが、あなたには期待していないので、もう行かないでください。迷惑なだけです。

 

・ジャーナリストがリスクをおかして危険地域に行くのはある意味しょうがない事だし、
国家が自国民を守ることは当たり前の話。

今回の場合、安田さんの普段の言動が一番叩かれている原因だと思う。

これが別の戦場ジャーナリストだったら、
同じ3億を払ったとしてもこんな世論にはなっていないと思う。

 

・政府から規制かけられるのに行って誘拐されて国民の税金を使って救出されたのが事実。

結局、尻拭いを政府や税金でってところに国民が納得してないのわかってるのかね。
しかも今回が初めてじゃないなら尚更。

自分の責任でやるならどうぞ。
そうじゃないなら政府の規制を守るべき。

・安田さんである必要は全くないが、

紛争地に入るジャーナリストが全くいなくなる世界はちょっと怖いとも思う。

戦地、紛争地に入る記者、ジャーナリストがゼロになれば、

情報は全て、各国、もしくは国連のオフィシャルなものとなる。

中国からの圧力で屈するのが目に見えてるし、
ロシアが工作するのも目に見えている。

化学兵器の使用など、完全に隠蔽される可能性大なわけだが、

それでもいいのかな、と個人的には思う。


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安田純平さん解放で囁かれていた問題点が会見で浮き彫りに

以下はネタリカさんの原文をそのまま引用元させて頂きました。

シリア武装組織の拘束から解放されたフリージャーナリスト・安田純平氏(44)。

大手メディアが「英雄として迎えないでどうする」(テレビ朝日・玉川徹氏)などと持ち上げる一方、ネットでは解放後に明かした言動に矛盾や不整合が指摘され、「ホントに捕虜だったの?」などと”自演”疑惑さえ続出しているようだ。

「問題になっているのは、安田氏自身が捕虜生活を『地獄だった』と語っているにもかかわらず、あまりに血色の良い、「傷一つないキレイな顔」で朝日新聞の取材に登場していたことです。朝日の映像を見る限り、顔色はいいし、傷一つない。ニュース記者たちの間でも、ヒゲだけボーボーに伸ばしているのは、無理に”ヤツレ”を演出してるのではと囁かれていました。虐待や暴行があれば、手錠傷や圧迫痕なども気になるはずのに、ふつうに半袖で登場したのもツッコミポイントになってます」(週刊誌記者)

「頭を洗ってはいけないというルールが設定され、服も洗えない。指を動かして関節が鳴ってもダメ。歯磨きもダメ。頭も体も洗っていないから、かゆくてかくと音が鳴る。鼻息も、指が鳴っても、寝ている間に体が動いてもダメ」(2018年10月26日 朝日新聞)と語った安田氏。

これにはSNSでも「3年も拘束され暴行を受けまともな食事も与えられてないはずなのに傷もなく色艶の良いお顔でテレビに出ちゃったな」「殴られれば鼻の骨などすぐ折れるし、傷が残る。キレイな顔だな」「肌荒れすらないってどんなVIPホテルに滞在してたの?」などと疑問の声が続出した。

中国人漫画家で保守論客の孫向文氏も、健康そうに見える安田氏の写真に「『長期間(数ヶ月間?)に歯磨き禁止』だったと告白しましたが、以前NHKの健康ヲタ番組『ガッテン!』では、一週間くらい歯磨きしないと歯が黄色になって、口内細菌は体内に侵入し、病気になる恐れもあると伝えてました。安田純平氏の歯は真っ白のようです。」とSNSで疑問を呈している。

かつて、摂津有岡城で荒木村重に拿捕された黒田官兵衛は、1年間の幽閉生活で髪はボサボサに伸び、全身に皮膚病を患い、膝を悪くして、歩行もままならない状態になっていた。そこまで劣悪な状況でなくとも、現代の我々もわずか数週間の入院生活で歩行障害が出たり、背骨が湾曲したりするものだ。1.5m四方の部屋で、体を伸ばすことも許されなかった安田氏は、驚くべき肉体の強靭さをお持ちのようである。

安田氏の3年間の略取誘拐・監禁には、まだまだ知られざる一面が隠されているように思われる。当面の間、彼の言動と警察当局の捜査から目を離せそうにない。


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安田純平 自己責任/自業自得会見の回答にVIP海外ニート生活で俺より良い生活してたのかよ!さすが人質プロと蒸し返えされる,,,まとめ

この安田純平さんの解放を素直に喜んでいるのは

マスコミだけではないでしょうか。

それまでの安田純平さんのネットでの嫌われ方が半端ないので

ここにきても素直に喜ぶ人たちが少ないのですよね。

この会見も安田純平さんは心から謝罪したのでしょうが

ここでも餌食になってしまいましたね。

しかし、解放され、すべてを国民の前にさらけ出しました。

この勇気はやはり称賛すべき勇気のある行動ではないでしょうか。

自己責任や自業自得と言う前にやはり人は人に応援してもらえる

ような日頃からの発言がいるのでしょう。

例えそれが本心ではないとしても。

本日の記事はここまでです。

最後までお付き愛くださり御礼申し上げます。


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