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downyのギタリスト青木裕 死去 死因は急性骨髄肉腫白血病,早すぎるお別れの惜しまれる声、こえ、コエ、KOE、Twitterの投稿まとめ

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【惜しまれる声、こえ、コエ、KOE】

downyのギタリスト青木裕が3月19日(月)、48歳で逝去した。1月に「Myeloid Sarcoma(骨髄肉腫)」であると医師から診断されたと発表し、治療にあたっていました、この訃報にTwitterは悲しみで溢れています。

今日も最後までお付き合いよろしくお願いいたします、それでは早速まいりましょう

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目次

downyからのお知らせ

downyのギタリスト青木裕が3月19日(月)、48歳で逝去した。1月に「Myeloid Sarcoma(骨髄肉腫)」であると医師から診断されたと発表し、治療にあたっていた。

逝去した3月19日にバンドはワンマンライブを開催。その2日前、青木は入院することになったため、ライブへの出演ができなくなったとアナウンスしていた。

葬儀は故人ならびに遺族の遺志により、近親者のみで執り行うとのこと。また、現在確定しているライブは出演を予定していると発表された。


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downyのギタリストである青木裕が3月19日(月)14:50に、急性骨髄肉腫白血病により48歳で亡くなりました。葬儀に際しましては、遺族の遺志により、近親者のみで執り行います。恐れ入りますが、一般の方々のご参列はご辞退いただけますようお願い申し上げます。

現在確定しているライブに関してましては、出演を予定しております。今後ともdownyをよろしくお願いいたします。

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downyのギタリスト青木裕さんを紐解いていきます

「downyのギタリ...」の画像検索結果

出生名 青木 裕(あおき ゆたか)
生誕 1970年1月29日
出身地 日本の旗 日本
茨城県
死没 2018年3月19日(48歳没)
ジャンル ロック
ポストロック
サイケデリック・ロック
インストゥルメンタル
エクスペリメンタル
職業 ギタリスト
作曲家
音楽プロデューサー
担当楽器 ギター
共同作業者 downy
(2000年 – 2004年)
(2013年 – )
unkie(2006年 – )
VOLA & THE ORIENTAL MACHINE(2005年 – 2008年)

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経歴
2000年4月、downyを結成。
2005年、VOLA & THE ORIENTAL MACHINEを結成(2008年9月末日を以て脱退)。
2006年1月、TOKIE(ベース)、城戸紘志(ドラムス)と共にunkieを結成。
2006年、Syrup16gの正式サポートメンバーとなる(2007年末まで)。
2012年、MORRIEソロの正式サポートメンバーとなる。
2015年、イラストレーターとして初の個展「青木裕展」が9月4日から19日まで東京・MDP GALLERYにて開催される。
2016年9月9日、初のソロアルバム『Lost in Forest』を2017年1月18日にリリースすることを発表[1]。
2017年1月18日、『Lost in Forest』をリリース(ミキシング/マスタリング、アートワークに至るまで自身が手掛けた)。
2017年11月18日、初のソロライブ「Aoki Yutaka“Lost in Forest“LIVE」を渋谷WWWにて行う(サポートメンバーとしてJake Cloudchair(ギター)、arai tasuku(プログラマ)、城戸紘志(ドラムス)、柘榴(映像、VJ / from downy)、ゲストとしてMORRIE(ボーカル)が参加)。
その他、ライブサポート、参加プロジェクトは、日暮愛葉、LOVES.、LEO今井、惑星、CUBE JUICE、Cloudchairなど。
2018年1月18日、 昨年末から続いていた体調不良について、診断の結果、「Myeloid Sarcoma(骨髄肉腫)」だったことが発表された。
2018年3月19日午後2時50分、急性骨髄肉腫白血病により48歳で死去[2][3]。
人物
イラストレーターとしても活動しており、2015年9月には個展「青木裕展」を開催。unkieのCDジャケット、downyオフィシャルサイトなども自身が手掛けている。
漫画家の友人が多く、カネコアツシと仲がよい。
プラモデル制作も得意である。

 

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過去のインタビュー(引用元)

about tessのTAKUTOと、downy、unkieの青木裕。共に圧倒的なテクニックを誇るギタリストであり、強烈なストイシズムをもった表現者でもある同い年のこの二人、最初の出会いは今から十数年前にさかのぼる。当時はいわゆるポストロックの黎明期であり、TAKUTOはabout tessの前身KULU/KULUとして、青木はdownyとして、近いシーンで活動をし、共演も何度かあったそうだが、実際に二人が言葉を交わしたことはなかったのだという。その後downyが活動を休止し、十年近くの月日が流れた後、共通の知り合いだったギタリストとのセッションで、今度はabout tessのTAKUTO、unkieの青木として再会すると、そこから一気に距離が接近、「良きライバルであり、親友」という関係性を構築していった。

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downyが活動を再開し、年末に行われたワンマンライブの興奮も冷めやらぬ中、今度は「新宿歌舞伎町的J-POPインスト」を掲げたabout tessの新作『shining』がリリースされるとなれば、TAKUTOと青木の対談を行うのにこれほどベストのタイミングはないだろう。実際に、対談の内容は表現の本質と向き合う、相当濃いものになったわけだが、それにしてもこの二人、話してみれば話してみるほどよく似ている。そんな相手を見つけられることはとても幸福なことだが、これは決して偶然の出会いではない。共に信念を貫き、攻めの姿勢を崩さなかったからこそ、ようやく掴みとることのできた、必然の邂逅だったのだ。

僕は高校からギターを始めたんですけど、早々に挫折しました。「この世界を相手にするのはあまりにも無謀だ」って自分に言い聞かせてたんです。(青木)

―まずはお二人がそれぞれどのようにギターを始めたのかをお伺いしたいのですが。

TAKUTO:僕は幼稚園から高2までずっとピアノをやってたんですけど、中2のときにクラスメイトと「バンドをやろう」って話になって、楽器屋にキーボードを買いに行ったんです。そのときのことは今でもまざまざと覚えてるんですけど、楽器屋の扉を開けたとこに赤いフライングV(ギター)が置いてあったんですよ。で、それを買いました(笑)。

―キーボードを買いに行ったのに(笑)。

TAKUTO:もちろんギターなんて弾いたこともなかったけど、何か買っちゃったんですよね。これは理屈じゃ説明できないんですけど、ホントに「これだ!」って感じで、出会っちゃったんです。それから十何年、HR/HM(ハードロック / ヘヴィメタル)から入って、その後はポップスを中心にやってたんですけど、僕一回音楽をやめて、3年間ギターを弾いてなかった時期があるんですよ。

―いつ頃の話ですか?

TAKUTO:27歳から30歳までですね。でも、30歳のときに、友達がかけたジャコ・パストリアス(1987年に35歳という若さで亡くなった伝説的ベーシスト)を聴いて、雷が落ちたんです。だから、僕はそれまでずっとポップスとかしか聴いてなくて、ジャズとかテクノとかノイズとかを聴き出したのって、30歳になってからなんですよ。

―今のTAKUTOさんのイメージからすると意外ですね。

青木:でも、僕もdowny始めたの29歳からですからね。それまで会社員でしたし。

―それも意外です(笑)。

青木:僕は高校からギターを始めたんですけど、早々に挫折しました。「この世界を相手にするのはあまりにも無謀だ」って自分に言い聞かせてたんです。ただ、縁があって知人のライブを観に行ったら、音楽に対する情熱が再燃して、それが25歳ですね。それから仕事後にスタジオ入って、明け方まで練習、ちょっと仮眠してまた仕事みたいな生活を5年ぐらい続けたんですけど、それまでまともなバンド経験がなかったんで、まあ大変でした。

―その経験の後に、downyを結成したと。

青木:そうです。会社を辞めていきなりレコーディングってやっぱりわからないことだらけなんですけど、僕最年長だったから、わかんなくても恥ずかしくて聞けないんですよ。だから、壁に当たる度に自分で勉強し直して、次の日にはそれをクリアするっていうのを繰り返して、そのまま今に至るっていう感じですね。

左から:TAKUTO(about tess)、青木裕(downy、unkie)左から:TAKUTO(about tess)、青木裕(downy、unkie)

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27歳までの自分はムーブメント的な音楽に憧れていて、「音楽のようなこと」をやってたんですよね。でも、ジャコ・パストリアスを聴いたときに、やっと音楽そのものに出会ったんだと思うんです。(TAKUTO)

―それほどまでストイックに音楽へ向かうモチベーションっていうのは、どこから来ていたものだったのでしょう?

青木:かっこつけたいんです。絶対人になめられたくない。僕、子供のころいじめを受けてたんです。音楽と出会わなかったら、今生きてるかもわからないぐらいの過去があって、すべてを一瞬で手放すこともできてしまうぐらいの度胸も身についてしまったんです。長い間人を信用してなかったんですけど、25歳で音楽に対する情熱を取り戻してからは生まれ変わって、今はすべてに対して感謝の気持ちを持って生きてますね。

―TAKUTOさんは先ほど音楽から離れていた時期があったとおっしゃってましたが、それはどんな時期だったんですか?

TAKUTO:それまでポップス的な音楽をやってて、「イントロ・Aメロ・Bメロ・サビ・ギターソロ」みたいな定番の感じで作ってたんですけど、ある日そういう作り方にすごく虚無感を感じてしまったんですよね。「何のために音楽をやってるんだろう?」って。そこから急に情熱がなくなっちゃって、ギターも手放して、小説を書いたり、路上で絵を描いたりを3年間やってました。今自己分析をすると、27歳までの自分はムーブメント的な音楽に憧れていて、「音楽のようなこと」をやってたんですよね。でも、ジャコを聴いて改めて始めたときに、やっと音楽そのものに出会ったんだと思うんです。

―お二人ともある程度年齢を重ねた上で、今につながる転機があったんですね。

青木:共感することが多くて驚きました。

Page 2

尊敬するミュージシャンが雑誌で、「もし自分にリズム感がないって少しでも思うなら、音楽やめて就職しなさい」って言ってて。「わかりました」ってすぐ閉じて、会社員になりました(笑)。(青木)

―お二人ともギタリストとしてホントに技術が高いなっていうのは常々思うんですけど、単純に「一番ギターを練習した時期」を挙げるとすれば、いつになりますか?

TAKUTO:僕はいつも「今」ですね。ちょっと強迫観念みたいなものがあるというか、ギターを弾くのって、自律神経的な機能じゃなくて、後から得た技能じゃないですか? なので、ふと「その技能がなくなってたらどうしよう?」みたいな恐怖に襲われることがあるんです。例えば、何か用事が終わって、駅から家に帰るまでの間に、もう弾きたくて弾きたくてしょうがなくなったりするんですよね(笑)。青木さんはどれくらい練習してるんですか?

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青木:速弾きの練習とかは十代の頃とかが一番やってましたけど、当時はリズムも理論もわかってないし、完全な自己満足ですよね。僕絵が好きだったんで、親にはデザインの勉強をするっていう名目で上京して、「上手いことギターで生活できればいいなあ」なんて思ってて、そもそも考えが甘かったんですよ。それでその頃音楽雑誌を読んでたら、僕が尊敬するミュージシャンが、「音楽でプロになろうかどうか迷ってる若者へのメッセージ」っていう質問に答えてて、「もし自分にリズム感がないって少しでも思うなら、音楽やめて就職しなさい」って書いてあったんですよ。「わかりました」ってすぐ閉じて、会社員ですよ(笑)。

―そういうきっかけだったんですね(笑)。

青木:でも結局また音楽を始めて、downyが活動休止になって、unkieを始めたんですけど、ある日ライブ中にふと客席を見たら、そのミュージシャンの方がいたんですよ。もちろんお客として。僕、ステージ上で感情が渦巻いちゃって、「あなたは僕にギターへの情熱を与え、そしてそれを奪ったんだ」って、泣きそうな気持ちになっちゃって。昔は虚無感の中で生きてたけど、やっぱり音楽が自分に夢を与えてくれたんですよね。僕にとってDEAD ENDもそういう存在だったので、今ボーカルのMORRIEさんと一緒にやれてる(MORRIEのソロライブで青木はギターを弾いている)のはホントにすごいことだなって思うんですけど、実はMORRIEさんもその日同じフロアにいたんです。

青木裕

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僕の中で楽器の王様はピアノなんですよね。だけどギターほど不完全で、だからこそ可能性が秘められてるものは他にないというか、やっぱり音楽の歴史の中で、ギターって最高の発明だと思うんですよ。(TAKUTO)

―運命的な日だったんですね……。TAKUTOさんはギターヒーローみたいな人っていましたか?

TAKUTO:アイドル的な人はいなかったですけど、やっぱり改めて音楽を始めるきっかけになったジャコ・パストリアスは大きくて、あとはプレイヤーというよりは、存在も含めてのマイルス・デイヴィス。

TAKUTO

青木:僕も今言おうと思いました。ジャコとマイルスはすごく好きです。

―ギタリストではないんですね。

TAKUTO:ギターはツールというか、大事なのはその先にあるものだとは思うんですよね。

青木:何でギターなんでしょうね? 自分がメロディーを奏でられるツールがギターしかなかったってことなのかなあ。でも、僕は何でもいいんですけどね。絵でも何でも、自己表現の場があれば。

TAKUTO:青木さんは、初めて作った模型が大会で優勝しちゃったんですよね? その才能が恐ろしいですよ、やっぱり(笑)。

青木裕制作のプラモデル青木裕制作のプラモデル

青木:友人のミュージシャンに言われたのは、音楽も絵もプラモも、僕のカラーは一緒で、「さびれてる」って(笑)。「新品のような感じではない」っていう意味だそうですけど。

TAKUTO:あー、でもちょっとわかる。ギターのトーンもそうですよね。クリーンがすごく独特というか、ただキラッとした感じじゃなくて、深いんですよ。歪みとクリーンが同じで、それは僕もすごく意識してるところなんです。

―さっきちょっと出た「何でギターを選んだのか?」って、TAKUTOさんはどう思いますか?

TAKUTO:僕の中で楽器の王様はピアノなんですよね。なんですけど、ギターほど不完全で、だからこそ可能性が秘められてるものは他にないというか、やっぱり音楽の歴史の中で、ギターって最高の発明だと思うんですよ。ロックミュージックのツールとしていろんな楽器がありますけど、あれほど様になるというか、子供みたいなこと言いますけど、あんなにかっこいいものないよなって思うんですよ(笑)。

青木:ギター買ったらとりあえずストラップつけて、鏡の前で持ちますもんね(笑)。

―TAKUTOさんの場合、出会いからして一目ぼれですしね。

TAKUTO:そこに集約されてると思いますね。「かっこいい!」っていう。知り合いの著名なミュージシャンとかも、ギター買ったら「どう? かっこよくない?」って写メとか送ってきますもん。「どう?」って言われてもなって思うんですけど(笑)。

―(笑)。

TAKUTO:でも、気持ちはわかるんですよ。俺もやりますし(笑)。結局自分はある程度大人で、成熟した部分もあると思うけど、それと同時にすごく未熟で、成長し切れてない部分があることも自覚していて、そこがものすごくギターと似てるというか、そんな気がしますね。

Page 3

about tess=TAKUTOさんなんですよ。それは情熱でもあり、執念にも見えて、ときどきハラハラするんですけど。(青木)

―お二人とも色々なバンドに関わられていますが、中でもabout tessとunkieっていうのは対照的だと思うんですよね。どちらもインストバンドっていう意味では一緒なんですけど、unkieが3ピースっていう最少編成であるのに対して、aboute tessはその倍の、特殊な編成(ツインドラム&ツインベース&ツインギター)だっていう。お互いのバンドのことをどう見ていますか?

TAKUTO:unkieとはツーマンを2回やってるんですけど、僕の中では達人・超人・魔人が集まったバンドなんですよ(笑)。もうサウンドチェックのときからボッコボコにやられるわけです。本人は「まだまだわかってない」って言うかもしれないけど、僕からしたら、わかってらっしゃる三人が揃ってバーンって音を出すから、もう出音の次元が違うんですよ。僕内緒でラインREC頼んで、それiPodに入れて、しょっちゅう車で聴いてるんです。

青木:ちょっと待ってくださいよ。すごく恥ずかしいんですけど(笑)。

TAKUTO:そのときのライブは、三人共「雑だった」とか言うんですけど、完璧なんですよ。あえて重箱の隅をつつくような聴き方をすれば、「これを雑って言ってるんだろうな」っていうのはわかるんですけど、逆に「これを雑って言ってるのか」って考えると、ゾーッとしますよ。凄まじいです、ホントに。

―青木さんから見てのabout tessはどんな存在ですか?

青木:僕にとって、about tess=TAKUTOさんなんですよ。こういう言い方って、バンドによってはNGワードになったりしますけど、about tessはホントにそうで。それは情熱でもあり、執念にも見えて、ときどきハラハラするんですけど。

TAKUTO:今ドキッとしました。「執念」です、ホントに。

青木:僕も少なからずそこはあるんで、何か感じるんです。あと新譜に驚いたんですよ。コード進行から何から、めちゃめちゃキャッチーで、すごく好みでした。

インストバンドって言葉がないから国境を越える可能性があるんだけど、逆に言うと、国籍がわからな過ぎるなって思ったんです。(TAKUTO)

―確かに、『shining』ってすごくコンパクトかつキャッチーな作品で、「新宿歌舞伎町的J-POPインスト」っていうコピーも、すごく意図的に使ってるんだと思うんですよね。


TAKUTO:そこは狙ったというか、考え抜いた末の結果ではあります。前作の『Song of the Bird』が100分1曲っていう大作だったんで、「次は短い曲がいっぱい入ったアルバムにしよう」っていうのはおぼろげながらあったんですね。なので、すぐデモは作り始めてたんですけど、まあつまんないというか、1年半で20曲とかボツって。今当時のを聴くと、なんちゃってジャムバンドだったり、なんちゃってポストロックだったり、何かのフォーマットに当てはめたような曲ばっかりになっちゃってたんですよ。

―そこからどう変わっていったのでしょう?

TAKUTO:FacebookとかYouTubeとかで、海外の人から『Song of the Bird』の感想が来たときに、インストバンドって言葉がないから国境を越える可能性があるんだけど、逆に言うと、国籍がわからな過ぎるなって思ったんです。もちろん、どこの国の音楽かわからないことが魅力でもあるんだけど、次は国籍のわかるアルバムにしようって思ったんですよね。そう考えたときに、僕の中でリアリティーがある日本の音楽は、和太鼓とか三味線じゃなくて、1980年代後半から90年代にかけてのJ-POPだったんです。

―TAKUTOさんにとってリアリティーのある日本の音楽を表すキーワードが「J-POP」だったと。青木さんは、「日本人らしさ」とかって考えたりしますか?

青木:僕はすべて自分との戦いなんですよね。unkieを始めたときも、downyとは違う、「僕がこんなギターを弾くとは誰も思わないだろう」っていうものにしたくて、あえてロックにこだわったんです。だから自分としては、ちょっとからかうような感じというか、最初はホントにみんなが驚いて笑ってくれたらいいって感じだったんです。

―そうだったんですか(笑)。

青木:でも2~3枚目ってなってくると、初期衝動だけでは続かなくなって、結果苦しむんですけど(笑)。だから僕の場合、TAKUTOさんのように世界に目を向けたのとは真逆で、いつも己に目を向けてます。unkieの最新アルバムはdownyの再始動も視野に入れて作ってたんで、そこのコントラストは意識しましたけど。

TAKUTO:コントラストって常にありますよね。自分が以前に出したものとか、世の中とのコントラストとか色々あって、今回タイトルを『shining』にしてるんですけど、僕から見た今の世界ってもう狂ってるんですよね。そういう世の中に対して、狂気を演出することにリアリティーを感じなかったので、逆に光を与えていいんじゃないかって思ったんです。

青木:僕は自分が狂ってるんじゃないかと思うし、何が本当かなんてわからないですよね。自分の目で見てるものが、みなさんと同じかどうかも分からない。暗い性格だなって思いますけど(笑)。

TAKUTO:僕も自分が狂ってるっていう自覚はあるんです。ただ、今回のアルバムに関しては光だったんですよね。

―そこに関しては、去年出たdownyのアルバムと通じるムードを感じました。downyの作品はロビンさんのパーソナルも大きく関わってると思うし、そこにたどり着くまでの行程はそれぞれ違うんだろうけど、光り輝くイメージっていうのは、すごくリンクしてるなって思ったんですよね。

青木:みんなポジティブな姿勢だったんです。その気持ちのままネガティブなものを表現してみようと思ったら、ポジティブが勝ってしまったっていう(笑)。

TAKUTO:CINRAのロビンさんのインタビュー、感動しました。パッと窓を開いたみたいな感じっていうか。

青木:ああ、それは全員感じてたかもしれないですね。

Page 4

ロックバンドは答えを待ってるんじゃなくて、攻めないとダメですよね。そこで大事なのは、一人ひとりの姿勢でしかないですよ。簡単に言うと、僕は勝ちたいです。(青木)

―最後に大きな話をさせてもらうと、お二人は2000年代のいわゆるポストロックのムーブメントにおいて中心的な位置にいらしたと言っていいと思うんですけど、あれ以降目に見えてわかる新しいギターロックのムーブメントって起きてないように思うんですね。むしろ、「ロックバンドなんて退屈だ」っていう意見の方が多いような気もする。そういう状況の中で、お二人がロックバンドの未来をどのように考えているのか、ぜひお伺いしたいのですが。

青木:それは1980年代、90年代、00年代と10年の節目でよく語られてることで、80年代のインタビューを読めば、「70年代に比べて今は退屈」って言ってるし、時代の移り変わりとともに世界中で起こることなんです。今の面白さに気づかない。僕で言うと、downyに入って、ギターらしさを一切排除するっていうコンセプトでギターを始めて、当時はお客さんもいないし、そんなに評価もされなかったけど、今面白いって言ってくれる人が増えてて、曲げずにやってきてよかったなって思いますね。

―確かに、歴史は繰り返すっていうのはいつの時代にもあることですよね。

青木:あと、ネット社会で情報が行き交うようになった中で、表現がよりボーダーレスになったというか、音楽をやってる人が写真を撮ったり、筆を取ったり、様々な手段と可能性があると思うんですよ。表現の幅っていう意味では、今はすごく面白い時代じゃないかなって、希望も含め、分析してみました(笑)。

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TAKUTO:音楽ってすごくいろんな切り口があって、芸術としての音楽もあるし、娯楽としての音楽もあって、もし娯楽のものとするなら、大昔の楽器っていうのは、今で言うプレイステーションのようなものだったかもしれない。ただ、楽器を楽しむためには、クリアしないといけない技術的なことがあって、ハードルが高いおもちゃだったわけですよね。でも、今は楽器ができない人でも音楽が作れるようになったりしてて、そう考えると、広く娯楽とか芸術とかいろんなものがある中で、今音楽が適正な位置に来てる感じはするんですよね。

―なるほど。確かにハードルが下がったことで、手に取りやすい位置に来てますもんね。

TAKUTO:あと僕は前作を作ってるぐらいのときから、CDがどうとかダウンロードがどうとか、「過渡期だ」みたいなことを言ってたんですけど、あれから特に状況変わってないんですよね。「5年過渡期かよ」みたいな(笑)。だから、過渡期じゃなくて、これはもう完全に混沌なんだなって思うんです。昔みんながCDを買っていたように、例えば、みんながSpotifyを使うようになるっていうことはもうなくて、いろんなものが乱立して、その中を選びながら、どんどん変わっていくんだろうなって気がしていて。

―そういう時代の中で、ロックバンドの立ち位置っていうのをどう考えますか?

TAKUTO:技術も必要で、場所も設備も必要で、それでやっとバンドサウンドが鳴らせるっていうのは、やっぱりオールドスクールなやり方だなあとは思いますよね。そんなことをしなくても、ものすごいものが見れたりするわけじゃないですか? でも、オールドスクールでいるつもりはさらさらないというか、そこに抗うものでありたい。そこでさっき言った、不完全であるからこその可能性っていうものを最大限に生かして、「まだまだやれるから、ちょっと待っとけ」っていう気持ちがあります。だからこそ、死ぬほど練習してるのかもしれないです。

青木:ロックバンドは答えを待ってるんじゃなくて、攻めないとダメですよね。そこで大事なのは、一人ひとりの姿勢でしかないですよ。簡単に言うと、僕は勝ちたいです。自分に対してもそうだし、いろんな意味でですけど。

TAKUTO:まさにそうですね。勝ちたいです。あんまり言わないでやってますけど、勝負だと思ってやってますからね。

青木:気づけば勝ってたとか、不戦勝じゃなくて、攻めて勝たなきゃ意味がない。そこが僕らはすごく似てると思う。そう考えると、僕らがギターを選んだのは、かっこよくて、攻撃的だから。そこでしょうね。

―フライングVなんて、まさに「攻め」の形してますもんね。

TAKUTO:攻撃するツールに見えたんでしょうね(笑)。

―ひとつの答えにたどり着いたような気がします。お二人がすごく似てるっていうこともよくわかりました。

青木:良きライバルであり、親友ですよ。実は前にこの言葉をメールしたんです。「そう思っていいですか?」って。そう思わせてくれる人ってなかなか出会えないけど、何かが彼にはあったんですよね。鏡を見てるようですよ。奥底にギラつく執念というか、狂気というか。

TAKUTO:青木さんのことを怖いって思うのは、自分の内側を見てるような感じがするからなんでしょうね。

青木:それはそのままお返ししますよ(笑)。

左から:TAKUTO(about tess)、青木裕(downy、unkie)

TAKUTO:あの、僕SUGIZOさん(LUNA SEA、X JAPANのギタリスト)と仲良くて、SUGIZOさんが主催してるギタリスト会っていうのに去年から何回か行ってるんですね。それでこの前SUGIZOさんから、「TAKUTOくんにぜひ紹介したいギタリストがいるんだけど」って、メールが来たんですよ。「downyってバンドの青木くんってギタリストがヤバいんだよ。TAKUTOくんと会ったら絶対に化学反応生まれると思うから、次のギタリスト会で紹介する」って言われたんで、「めちゃめちゃ仲いいです」って返して(笑)。

―いい話だなあ(笑)。SUGIZOさんから、何て返ってきました?

TAKUTO:「マジか! でも納得!」って返ってきました(笑)。

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Twitter投稿の惜しまれる声、こえ、コエ、KOE

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この記事の最後は動画で

今日の記事はここまでです、最後まで読んで頂き御礼申し上げます。

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