「爆報!THEフライデー」

メルボルン事件から26年!本多千香は現在も無罪を爆報主張「爆報!THEフライデー」を観ずにいられない、免罪美人と呼ばれた嵌められた罠の一部始終はコチラ

投稿日:2018年3月2日 更新日:

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3月2日、放送の「爆報!THEフライデー」にメルボルン事件で有罪判決を受けた本多千香さんが出演されます。そこで今回は本多さんの現在について調査してみると、現在は、さいたま市在住で市内のパブで働いていることがわかりました。その調査結果を画像付きで紹介していきます!


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メルボルン事件とは

簡単にいえば

本多千香さんは、当時36歳で大宮でお仕事をされていた方のようですが、きっかけは旅行に行こうと誘われたことによるものです。メルボルン事件の話を簡単に説明しますと、仲間内で旅行に出かけた際に、自分のバックが使えなくなり、代わりのバックを使っていたところ、それに仕掛けがしてあり、運ぶことの許されないものを運んでしまったことがメルボルン事件のきっかけです。

詳しくいえば

メルボルン事件とは、1992年6月、オーストラリアのメルボルン空港で
日本人観光客らの所持するスーツケースから大量のヘロインが発見され
有罪判決を受けた事件

この事件で有罪判決を受けた日本人は5人で
この5人は一貫して容疑を否認
最高裁まで争いましたが、懲役15年〜20年の刑が確定

弁護団によると、観光客は、メルボルンに向かう途中に経由した
マレーシアのクアラルンプールで、スーツケースを盗まれたそうです。

その次の日、スーツケースは見つかりましたが、ズタボロにされたと
ガイドから新しいスーツケースが手渡されます。
しかし、そのスーツケースは、細工がされていて、薬が隠されていました。

このことから弁護団は、ガイドが観光客を運び屋に仕立てたとして
冤罪であることを主張しました。
しかし、そこには、言葉の壁が立ちはだかり
片言しか話せない通訳で、日本人の主張は正しく伝わらなかったそうです。

またこの事件が発覚した当時、日本政府は
「相手国の内政干渉になる」として救済措置を行いませんでした。

・この事件に関わる人

事件に巻き込まれた7人の旅行者
・勝野正治さん
勝野兄弟の長兄です。この事件や裁判の経過を詳細に記録した方です。

・勝野光男さん
勝野兄弟の次兄です。兄弟思いの優しい人です。

・勝野良男さん
勝野兄弟の1番下の弟です。この旅行の世話係でした。家族と子供達が帰りを待っていた

・本多さん
光男さんの知人として旅行に参加しました。この事件で裁判を受けた、ただ1人の女性です。

・浅見喜一郎さん
7人の中で、最年長の方です。

・B子さん
会社の人の誘いで旅行に参加しました。C子さんとは学生時代からの友人です。裁判にかけられることなく帰国しておられます。

・C子さん
B子さんから誘われて旅行に参加しました。B子さんと同じく、裁判にかけられることなく帰国しておられます。


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メルボルン事件が起きた1992年3月経緯

本多千香さん(当時36歳)は、働いていたパブの商連客・勝野光男さんから、
オーストラリア旅行の誘いを受けました。

 

6月15日、千香さんと、勝野を含む6名の男女とともに、成田空港から出発。

千香さんは、勝野さん以外の男女は、初対面だったといいます。

クアラルンプール空港に着き、現地ガイド・チャーリーに迎えられましたが、
全員のスーツケースを乗せた車が盗まれるハプニングに巻き込まれてしまいます。

 

翌日、千香さんのスーツケースは見つかるものの、
引き裂かれていたため、ガイドのチャーリーが新しいスーツケースを用意してくれました。

 

千香さんの知り合い勝野さんのスーツケースの中身も無事でしたが、
その後、メルボルン空港で、千香さんのスーツケースからヘロインが見つかり逮捕されます。

スーツケースは、二重底になっていて、そこにヘロインが入っていたそう。

千香さん・勝野さんは懲役15年

千香さんは、取り調べで無実を主張します。、

クアラルンプールでのガイドが怪しいと。

クアラルンプールでの本多さんたちのガイドをしてくれたのは
その旅行の企画者の知り合いで「チャーリー」という名前の男

そして事件が起きたのは、クアラルンプールについた初日
現地のレストランで食事をしている時に
本多さんたちの荷物を積んだ車が盗まれたそうです。

スーツケースが盗まれた翌日の朝
スーツケースが見つかります。
ただ、スーツケースはズタズタに
チャーリーが新しいスーツケースを用意してくれていたそうです。

ただ、本多さんのスーツケースは鍵がかかっていなかったこともあり
本多さんはなぜ、ズタズタにされたのか疑問に感じたそうです。

そして本多さんたちは、メルボルンへ到着します。
空港の入国管理を通ろうとしたら、
本多さんたちは、一か所に集められ、逮捕されたそうです。

メルボルンの警察署で事情聴取が行われ
本多さんたちは、容疑を否認
しかし、本多さんたちの主張を警察に伝える
通訳は日本語を片言しか喋れず、事情聴取で会話が全然成立しませんでした。

本多さんの証言を、ほとんど通訳で来ていませんでした。

それでも本多さんは、この事情聴取が終われば日本に帰れると思い
冤罪であると主張を続けていました。

しかし

メルボルン事件にて冤罪で収監されてしまったのは、どうも裁判の時の通訳の人の通訳の能力が非常に悪く、思っていたことがほとんど伝わらなかったのではないか?ということが原因のようです。

 

通訳は、片言の日本語を話すオーストラリア人。

彼女の主張は伝わりませんでした。

1994年3月、判決が下されようとする際、

裁判官らは、雑談し、通訳が笑っていたという、ありえない状況でした。

無罪に向けて活動する田中俊弁護士も、当時の裁判のあり方に疑問を抱いていました。

事件の鍵を握るガイド・チャーリーを調査するよう、
千香さんの言語側は訴えますが、実現しませんでした。

「麻薬の運び屋に仕立て上げられた」

という主張も虚しく、

千香さんは、懲役15年を言い渡されます。

他の3名にも、懲役15〜20年という判決がでます


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刑務所刑でのいじめがヤバい、いじめ自殺未遂

本多さんは無実を証明することができずに
カビ臭い、独房の中に入れられてしまいます。

千香さんは、刑務所で、囚人だけでなく、刑務官からも壮絶ないじめを受けます。

そんな本多さんが、メルボルン事件のことや刑務所での
壮絶な生活を語っていました。

 

本多さんの手記の、独房に入れられた日のものには

「いきなり牢屋に入れられた
早く帰りたい、早く帰りたい
私を助けてください。」

と記されていました。

本多さんは、模範囚が収監される所に入っていたそうです。

一見、良さそうな、刑務所生活ですが
英語が話せない本多さんを待っていたのは、壮絶なイジメでした。

ある日、本多さんがトイレから戻り、コーヒーを飲もうとすると
中には大量の待ち針が入っていました。

そして本多さんに対するイジメは、受刑者だけでなく刑務官からも
受刑者は刑務所内の作業で得た収入で、好きな物を買っていいそうで
欲しいものを刑務官に頼み、お金を渡して、購入してもらうそうです。
ただ刑務官は、なぜか本多さんの分だけは、買ってきませんでした。

刑務所に入れられて2ヶ月、本多さんはある病にかかってしまいます。

それは

“パニック障害”

強度のストレスからくる過呼吸でした。
両手が硬直して、両手が痺れて痙攣
まともに歩くことができませんでした。

本多さんは、この日から精神安定剤を飲むようになります。

そんな中、千香さんは手首を切り、自殺を図ります。

そんな本多さんの味方をしてくれたのが

ジェーンでした。

ジェーンは、本多さんの7歳くらい上で
刑務所のボス的存在。刑務官や受刑者、皆と仲よかったそうです。
ジェーンは、本多さんの面倒見てくれて、守ってくれました。

そして、徐々に刑務所での生活も慣れていき
本多さんは、模範囚として、10年半で仮釈放されることになります

 

 

本多千香 逮捕される前の人生も悲劇!

そんな壮絶人生な本多さんですが、実はその人生は
メルボルン事件の前から悲劇が起きていました。

本多さんは、神奈川県海老名市で生まれます。
父は小さいながらも会社を経営
本多さんは、三姉妹の真ん中で、何不自由ない生活を送っていました。

しかし、本多さんが5歳のときのこと
1歳下の妹の裕里さんが、本多さんの目の前で
ダンプカーにひかれて亡くなってしまいます。

そして、その後たたみ掛けるように
父の会社が倒産
本多さん、一家は、夜逃げ同然に各地を転々としました。

本多さんは、高校を卒業すると
家族を養うために、水商売の道へ進み

そこで出会った男性に誘われ、メルボルンに行くことになったそうです。

 

 

この事件は最初から冤罪ではなく最初から麻薬密輸事件なのではないかと言われています

なんでもこの事件以前に四男がが妻子とマレーシアを訪れた際に交通事故に遭い、そのお詫びとしての接待旅行

にもかかわらず妻子は同行せず、関係のない友人を旅行に招待

接待旅行なのに、旅行代金は自分で払って日程やツアー参加者が2,3回変更

企画した元暴力団員の四男がオーストラリア旅行の前に上野の雑貨店の店を閉めた

しかも四男と二兄が麻薬が出てきていないのに麻薬だと死刑になってしまうんだと発言していた。

この言葉から元暴力団とその兄弟たちは確信犯なのではないか、ということです

まとめ

そして、2002年に本多さんは、10年半ぶりに日本に帰国

本多さんは、記者会見で、涙が溢れて止まりませんでした。

本多さんの失われた10年を取り戻すことはできませんが、現在も

「本当に無実なので、できることならそれを証明したい。」

と語っていました。

本多さんの壮絶的すぎる人生
無実の罪が証明できる日が来ることを願っています。

ここまでが本多さんの人生の一部始終です。

さて、これの続きは「爆報フライデー」で目撃者になってください。

今日の記事はここまでです、最後まで読んで頂き御礼申し上げます。


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